大阪高等裁判所 昭和24年(を)2590号 判決 1950年4月20日
被告人
柏光三
外五名
主文
原判決を破棄する。
被告人等を各懲役六月に処する。
各被告人に対し本裁判確定の日から孰れも三年間右刑の執行を猶予する。
理由
弁護人静永世策の控訴趣意第一点について。
弁護人は本件綿糸の格納倉庫の施錠及び鍵保管の責任は被告人等にあつて被告人等はその業務上保管に係る本件綿糸を領得したのであるから被告人等の行為は業務上橫領罪であつて原審認定の如く窃盗罪を構成する場合でないと主張するけれども数人が他人の物に対し事実上の支配をなす場合その数人の支配が対等の関係にあることなく一は主たる占有者の地位に於て行われ其の指揮監督の下に従属的地位に於て機械的補助者として事実上の支配をなすに過ぎざるときは該機械的補助者は主たる占有者の占有機関として物に対する独立の占有を有しない、而してかかる占有機関が主たる占有者の物に対する支配を排除して独占的支配をなすに至るときは窃盗罪を構成するのである、原判決挙示の証拠と、松沢鈴永の顛末書を綜合すれば本件綿糸のあつた場所は日東紡工場内の荷造場であつて同所の責任者は松沢鈴永で同人がその鍵を持つており毎日仕事を終えて退社する毎に自ら施錠して鍵は当直の守衞に預けて帰ることになつていたところ本件窃盗のあつた日も松沢は自分で施錠して鍵を当直の守衞であつた玉置三郞に預けて帰つたのであるが同人は相被告人等と共謀の上この鍵を使用して同所の戸をあけ本件綿糸を持出したことが明らかであるから本件綿糸の主たる占有者は責任者松沢鈴永であつて被告人等は守衞として当直に当つた夜間のみ松沢から鍵を預かりその指揮監督の下に之を保管することによつて機械的に松沢の占有を補助していたに過ぎないのであつて独立の占有を持つていなかつたと解すべきである、従つて被告人玉置三郞が松沢から預かつた鍵を使用して相被告人等と共謀して本件綿糸を不法に領得した所為は責任者松沢鈴永の事実上の支配を侵害し被告人等の独占的支配下に移したものであつて窃盗罪を構成し所論の如く業務上橫領罪を構成するものでない論旨は採用できない。
(弁護人静永世策の控訴趣意第一点)
原審ハ本件犯罪事実ヲ窃盗罪ト認定シタルモ右ハ事実誤認ニ非ズンバ法令ノ違反ナリ、業務橫領罪ト認定スベキモノナリ即チ原審ハ今囘被告等ノ持チ出シタル綿糸六俵ハ被告等ノ占有ニ在リシモノナリヤ否ヤノ点ニ付審理不尽極メテ瞹昧ナリ若シ右綿糸ガ被告等ノ占有ニ在リタルモノトスレバ業務橫領罪成立シ窃盗罪ヲ構成セズト謂フベク右何レノ犯罪ヲ構成スルヤハ原審ニ於テ訴因ノ変更アリト認ムベキ証左ナキ本件ニ於テハ法律上極メテ複雑微妙ナル問題ヲ惹起スルノミナラズ他方被告等トシテモ其ノ受クル社会的評価ニ於テ格段ノ相違アリ文化程度概シテ低キ田舎ニ於テ特ニ然リト謂フベシ、然リ而シテ被告等ハ何レモ日東紡浜工場ノ守衞ニシテ被告等ニ於テ今囘持チ出シタル綿糸ヲ格納シアリタル倉庫ノ施錠及鍵保管ノ責任ハ被告等ニ在リ被告等ガ平素自己ノ業務トシテ其ノ責任ヲ負担シ居リタルコトハ日紡社員松沢鈴永ノ顛末書ノ記載ニヨリ明白ナルノミナラズ本件当夜ハ当直ナリシ被告玉置三郞ニ於テ其ノ責任ヲ負担シ居リタルコト亦同人ニ対スル警察ニ於ケル第一囘供述調書ノ記載ニヨリ明瞭ナル然ラバ今囘被告等ガ持チ出シタル該倉庫格納中ノ綿糸ハ被告等ノ業務上占有中(被告玉置三郞以外ノ被告ニ在リテハ刑法第六十五条適用)ノ他人ノ物ナリト謂ハザルベカラザルヲ以テ業務橫領罪ヲ構成スベキモノト認定スベキニ非ザルヤ然ルニ原審ガ之ヲ窃盗罪ナリトシ刑法第二百三十五条ヲ適用シタルハ判決ニ影響ヲ及スコト明白ナル事実ノ誤認ニ非ザレバ法令違反ナリト謂フベシ。
(註 本件は量刑不当により破棄自判)